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2016年10月31日 (月)

摩文仁の丘

Dscn57331Dscn5741110月28日、千葉県南方諸地域戦没者慰霊祭に出席しました。10月後半にもかかわらず沖縄は夏日、暑かったです。千葉県議会自民党遺家族議員連盟の会長として、この慰霊祭に参加し今回で4回目となりますが、沖縄戦の激戦地であった糸満市の摩文仁の丘にある平和記念公園に立つと、戦争の悲惨さ、それを伝えていくことの大切さを痛感いたします。 

Dscn57221Dscn57301この公園の中に、「平和の礎」という沖縄戦で亡くなったすべての人の名前を刻銘した碑があります。戦後71年を経過し、人々の戦争の記憶が薄れていく中で、今なお新しい名前が刻まれ続けています。一家が全滅したりして消息が分からなくて、その後の調査で戦火の犠牲になった方々の名前が刻まれ続けています。2016年追加刻銘という言葉に、戦争の悲惨さと、まだ戦後は終わっていないということを実感しました。

Dscn57311「平和の礎」には、亡くなったすべての人の名前が刻まれていると書きましたが、この言葉は正確ではありません。名前のない刻銘もあるからです。人は生まれた時に親からの最初のプレゼントとして名前を付けてもらいます。親は子どもの幸せを願い、子どもに名前を付けます。名前は、個人を特定するだけではなく、個人が存在したという証でもあります。しかし、平和の礎には、名前がない刻銘があるのです。○○○の三女、○○○の長男、こういった刻銘がいくつもあるのです。戦火の激しい中で家族親戚が全滅し、子どもがいたという人々の記憶はあるが、子どもの名前がわからなくなっている場合、あるいは、生まれて間もないということでまだ名前が付けられていない場合など、礎には名前が刻まれません。しかし、確かに居たということを残すために、一つの生命が犠牲になったということを伝えるために、必要な刻銘であると思います。

大河ドラマ「平清盛」で歌われていた、後白河法皇が編集した「梁塵秘抄」の今様を思い出します。「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけむ」、この刻銘の子どもは遊んだことがあったのか、戯れたことがあったのか、何のために生を受けたのか。戦争というものに、生まれたばかりの命が奪われた、輝く将来が奪われた、名前すらわからなくなっている、こんな惨いことがあった、日本で、71年前に、平和の礎に行った時、必ず考えることです。

Dscn57261Dscn57481沖縄はリゾート地として人気があるところです。しかし、我が国で唯一の地上戦が行われた地でもあります。摩文仁の丘、機会があれば一度訪れていただきたい場所です。そして、平和の大切さ、今の繁栄の陰に多くの命が失われていることについて向き合ってもらいたい、そう思います。

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